2009年4月1日水曜日

新年度だというのに

 時折、冷たい雨が降るような天気で

まるで、冬に逆戻りしてしまったかの様なのである。

仕事的には、年度末の残務処理をしながら午前中を

まったりと過ごすのである。

私の住む市は、市長選、市議戦と4月の12日までは

そんな事に時間を使われてしまいそうな気配なのであるが

こんな時だけは、普段、私達、建設業を目の敵?の様に

言っている方達も、突然に猫なで声になるのである。

どっちが本当の姿なんだろう?と思ったりするのである。

まぁ、今のご時世、一歩引いて見た方が、全体が

よく見えたりするので、眺めておこうかと思うのである。

私達の業界はどんどん疲弊が進んで、若い人たちも

全く魅力の無い業界になりつつあります。

「公共事業を生業とする建設屋=儲かる」みたいな

イメージを植え付けられておりますが、そんなに

儲かるはずもなく、散々な状況というのが実態ですかね。

因みにお役所でいう「設計単価=積算単価」を一例に

あげてみると「普通作業員が¥12,800/日」です。

勿論これは、全ての経費を含んだ金額ですから

会社に支払われるお金ですね。

仮に全額、本人に支払ったとすると25日労働すると

計算すれば25日×12,800=320,000/月です。

年収にすれば¥3,840,000となりますが、実際は

保険やら税金を引かれますからねぇ。

会社も本人と社会保険料を負担しなくてはいけません。

まるまる本人が取ったとしても税金を引けば

年収は300万ちょっととなります。

が、会社も全額を本人へ、という訳には行きません。

保険負担料など福利厚生もあるからですね。

本人に仮に¥10,000支払っているとすれば

月に¥250,000となり、これから保険やらを引かれて

¥200,000程度の手取りとなります。

冬は寒くて、夏は炎天下の下での作業、そして

機械化が進んでいても、肉体作業です。

若い人たちから見て「魅力のある仕事?」と

なるでしょうか。

最近、メディアの言っている「安ければ良い」という

論調も、「完全な自由競争の中で」というのであれば

少しは納得いくモノもありますが、残念ながら

公共事業を生業とする私達は、雇用やら形態まで

殆どががんじがらめの状態で、工場生産品の様に

期間従業員やら、アルバイト、といった具合には

いかない訳です。

現場監督さんが一人前になるには10年掛かるというのが

一般的な話でしょうか。

昔は失業した方が、一時的な収入先として

「とりあえず、土方でもやって稼いでおくか」といった

一時しのぎも出来たし、また、そういった役割を

背負っていた事も事実ですが、最近はそういった

役割も果たせませんし、第1、絶対的に仕事量が

無いのが現状です。

本来、公共事業が有るべき姿とは

地元の人間が

地元の会社で

地元の会社から材料を買って

地元の工事を行う

が、本来有るべき姿では無いのかと思います。

それがいつの間にか

コスト競争(安ければ良い)という

市場主義が幅を利かせてしまい

その結果、優秀な技術者達が去ってしまい

また、技術者の育成を待っていられない、という

環境を生み出しています。

コスト競争というのは、技術革新やら技術進歩を

伴って出てくるモノではないでしょうか。

現場が自然相手の一品生産品である以上

機械が全てやってくれるというような事は

あり得ません。

今も、昔も、人間の手でやっているのです。

「地図に載る仕事」が、私達の仕事です。

「何が正しい」ということは、時代や環境によって

左右されるのでは無いでしょうか。

「一生懸命に働けば、生活が豊かになれる」

という、大きな夢物語が有ったから、先人達は

昼夜関係なく働いて、この豊かな国を創ってくれました。

今ではどうでしょう?

明日、首を切られるかもしれないような労働形態で

どうやって夢を、生活設計をするのでしょうか。

こういう時代だからこそ、色々な位置から物事を見て

色々な評価軸を持って、対応するべきなのでは無いかと

思ったりします。

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